2010年11月1日月曜日

Washirika (協力者)

今週末、今日はタンザニアの大統領選挙の投票日でした。
危険があるかもしれないと警戒しながら移動するも特に危険なし・・・。

友達のお店で話をしても選挙の話で持ちきり、俺の知り合いは皆キクエテ(現大統領)を選んでおり高い支持率を受けているようで続投かな。

そしてこの土日はミニワールドカップ、宿敵韓国戦に参加することは許されずバガモヨで大人しく過ごしていました。

昨日は日本でサーカス(アクロバティック)をしに行った事のある男の子と晩御飯を食べ、今日は朝からZAWOSE(音楽一家)のアルフォース君と子供たちに日本語を教えて、その後1人で海辺のレストランに行くと孤児院MOYO MMOJAの子供たちと見たことの無い黒人男性と白人女性が居てビックリ、誰だったかな~と思いながら軽く挨拶をして近くのテーブルで食事を済ませ、ゴミの資料に目を通していると黒人男性が俺のテーブルにやってきた。
俺は素直に、ごめん、あなたの名前を忘れてしまいました。教えてもらえますか?
と言うと、彼は初めてだよ!と自己紹介をしてくれた。
色々話をしてみると面白い人で、Tシャツのプリントをデザインしている人でコカコーラなどとも仕事をしていてその他には環境に対するメッセージを書いたTシャツなども手がけているとの事。
そして一緒に居た女性はイタリア人で彼女はザンジバルで環境・水問題に関して活動をしているが選挙の影響で治安が乱れる可能性が高い為、対岸に位置するバガモヨに来ているとの事。
俺も県庁で働いているJICAボランティアでゴミ問題をメインに活動していますと読んでいた本と資料を見せると彼女を呼んできてくれた。
イタリア語と英語はちょっと・・・。と思っていると、彼女は1999年からザンジバルに住んでいるらしくスワヒリ語も堪能でした。当然ながら俺よりも。
環境について話をしているとザンジバルのコミュニティに対してコンポスト(有機ゴミの堆肥化)を復旧する活動もしているとの事。
俺の書いた提案書の中にもコンポストの案があり、もしザンジバルに行ったら活動を見せてくれますか?と質問すると、勿論いいよ!と笑顔で答えてくれた。
そして今は大統領選挙の影響を恐れバガモヨに来ているが、戻ればコンポストのスワヒリ語に翻訳した資料があるから必要なら送りましょうか?って。
その後アドレスを交換している時にフと思い出したのが、ザンジバルで活動しているJICA放送隊員が最近ゴミ問題に関してのTV番組を作っていることを伝え、彼女にあなたの事を話して連絡先を知りたいと言ったら教えてもいいですか?と聞くと、それもOK!

今日ほど「スゲー」と「Safi sana!(素晴らしい!)」を連呼した日はないと言う位、この他の言葉が見つからなかった。

もし、家で本を読もうと思っていたなら、海には行かなかった。
もし、今日最初に行った友達が経営しているレストランがやっていたら、彼らの居るレストランには行っていなかった。
もし大統領選挙がなければ彼らはバガモヨに来ていなかった。
もし、孤児院の子供たちと知り合いじゃなかったら、彼らと話しをする機会はなかっただろう。
などなど

突然現れた協力者に、あまりの興奮に、彼らがその場を離れてからも暫く本を読むことに集中できなかった。

何故か最近になって急に俺の周りで何かが動き始めたように色々な人が現れ始めた。

本当にありがたい限りです。

俺は1人では何も出来ない。

でも、多くの人と話をして彼らを繋げていくことは出来る。

改善する方法を考え、アイディアを共有し、その方法を伝えること、気付きに導く場を作ることは出来るのかなと思う。

まだまだ不慣れなスワヒリ語だけど徐々に理解でき始めてきた気がしている。
出来ないながらも提案書を書きまくった成果なのかな?


ただ、いい事ばかり起きないのが(俺の)人生。

夜、いつものお店でパンを買おうと財布を出すと、酒臭いおじさんがお金をくれと言い寄ってきた。
お願いだから止めてくれ!多くの人があなたと同じ事を私に言ってきます。
もし私があなたにお金を渡せば他の人も私にもとお金をくれと言って来るでしょう。
だから出来ません。ごめんなさい。
と下手に出て何度もお願いしたが、彼は俺のメガネに手を出した。

勿論取り返しが、俺も冷静では居られなかった。

止めて下さいって何度も言ったよな?母国語のスワヒリ語が理解できないのか?
何を言おうとお金を渡すだけの支援は俺には出来ない。だから俺はここに住んで皆の助けになれるように活動してるんだ
と怒鳴り声に近い感じで話した。
幸い、顔なじみの店主と通りすがりのお兄さんが仲裁に入ってくれ、俺も頭を冷やす為にお店に入り暫く大人しくしていた。

今日のお昼、友達のレストランが休みで、心当たりのレストランに移動する際に知り合ったペットボトルを拾っていた兄弟(小学生くらい)は俺にお金をくれとは言わなかった。

1Kg1000Tshで売れるペットボトルを一日拾って回って生計を立てている彼らと20分ほどだが一緒に浜辺を歩いて捨てられたペットボトルを拾って回った。
彼らは、俺たちはまた別のところに探しに行くよ、ありがとうと言って笑顔で手を振ってくれた。
両親を早くになくし、姉は居るが働ける状況になく、彼らは幼いながらに自分の生活を自分で支えている。ストリートチルドレン。
そんな彼らでさえ言わなかった言葉を、お酒に酔うお金のある大の大人が酔ったた勢いで口にした
俺に援助をくれ!お金いっぱい持ってるんだろ?と、
そして俺のメガネに手を伸ばしたそんな彼を俺は許せなかった。

手は出していないが、感情を抑えることが出来なかった。
まだまだ子供だ・・・。気をつけます。
最近「チナ(中国人)!フ!ハ!」と言われても怒らなくなったと思ったのに。ふぅ
我慢我慢。


今日はこの辺りで。

0 件のコメント:

コメントを投稿