2010年6月21日月曜日
2010年6月12日土曜日
Kombe la Dunia(World Cup) (6月12日)
Kombe la Dunia(World Cup)
JICAタンザニア隊員総会も終わり、久しぶりのパソコンです。
日本大使公邸での日本食はうまかったです!
刺身、チラシ寿司、肉、ケーキ・・・、早くも一年後が楽しみです。
昨日開幕されたWorld Cup、日本や他の国でも盛り上がってるんでしょうか?
昨日は近所にあるHill Side Barでタンザニア人と一緒に観戦していました。
そして、偶然が重なりに重なって同じBarに日本人が4人も集まりました。
誰が誰を呼んだでもなく、会ったこともない人もいて・・・
・しのさん、元イリンガ(元JOCV、タンザニア)のPC隊員(自称サッカー隊員)でサッカー大好きな男性。現在日本の出版社で働いており、1週間の休暇を利用してのタンザニア(バガモヨ)訪問中。明日早朝に帰国予定。
・まさよさん、タンザニアの芸術(ティンガティンガ)に魅せられて、東アフリカの芸術を学びに来ている女性。10月帰国予定。
・陽子さん、以前紹介したバガモヨ在住のご近所さん。19日に帰国予定。
・名前を忘れてしまいましたが、まさよさんの友達の現地人。芸術家とのこと。酔っ払った感じがとても可愛らしい人(おじさん?)でした。
この5人と現地のタンザニア人で14型テレビで観戦しました。
本当はBarにある大型スクリーン(プロジェクター)で観戦できるはずでしたが、料金滞納が祟ったとの事で使用できず・・・。
それが判明したのが、試合開始1時間前。そこから大急ぎで支払いを済ませたものの、テレビ会社と連絡がつかず断念。
それにもめげること無く、小さな画面に釘付けの皆。笑
シュートが打たれるごとに皆大はしゃぎ!俺もでしたが。
南アフリカの先制ゴールは大いに盛り上がり
メキシコに同点に追いつかれた時は静まり返っていました。
第二戦のフランス対ウルグアイの試合はまた別のBarに移動して
少し大きな液晶テレビで観戦し、睡魔に負けて後半の途中に切り上げて帰りました。
あるんですよ!タンザニア(途上国)ですが液晶テレビのあるBarも。
Barと呼べる様なお店ではないのかもしれませんが・・・。
夕方4時頃から集まっていたので7時間くらいは一緒に居たのかな。
本当にアッと言う間の楽しい夜でした。
そして今日も町に出て、「TOSHI」と呼んでくれる町の人とカタコトのスワヒリ語で色々話をしてきました。
日に日に俺の認知度は高くなっているようで、本当に色々な人が声を掛けてくれます。
Mchina(中国人)と言われなくなる日も近いような・・・。頑張ります!
ご近所さん、(子供には追いかけられています。)お店のお兄ちゃんたち、寝そべっている人たち(無職?少し危険。)、バイクの運転手、見覚えの無い人まで様々で、疲れていなければ挨拶して握手してカタコトながら話をする様にしています。
疲れている時は、素直に疲れてるからまた来るね!と、断るようにしています。
また、時間と体力がある時は日本語を教えるようにしています。
とは言っても、「おはよう」「こんにちは」「こんばんは」「ありがとう」くらいですが。
日本語は癒されます。大切です。
ここ最近ブログを書けていませんでしたが本当に色々な事が起きています。
同僚の葬儀(イスラム教)に参列し、村のKikao(会議)に参加させてもらい、隊員総会に行き、大使公邸に行き、ワールドカップ観戦、町をフラフラして暇そうなお店を見つけては話をして・・・。
そして以前ブログに書いた青年の住んでいるKibahaとの繋がりも縁があるようで何故か増えてきています。
それもバガモヨ県庁保険課としてです。
どうなるか分かりませんがまた動きがあれば紹介していきます。
楽しいことばかりではないし毎日疲れるけど、その中でも楽しみながらやっています。
そうそう、最近バガモヨも夜が涼しくなってきたのでマサイシュカ(マサイ族が身にまとっている柄の少しごつめの布)を買いました。
夜はコンロで水を沸かしてお湯を作って水浴びしています。
(電気は比較的安定していますが、水は今も断水中です。)
でも日中は汗ばむ暑さです・・・。
生活用品も揃い始め、来週のタン教研(タンザニア教育研究会)が終われば要約本腰入れて任地で活動していけそうです。
昨日もCP(カウンターパート)に自分のやりたい活動を紙に書いて伝えました。
そして返事を書いてもらいました。筆談です。
分からない単語がまだまだあり、CPは忙しい人で非協力的。(今は、俺の語学力が災いしていると思うので早く何とかしたいです。)
スムーズに会話出来るレベルに無いのでモドカシイ思いをしていますが、PolePole頑張りたいと思います。
そして生活と活動に慣れてきたら、サッカーと太鼓とダンス、そして芸術!また孤児院やNGOとも関わっていけたらと思っています。
東アフリカの音楽と芸術のある港町、バガモヨをまた紹介していきますね。
JICAタンザニア隊員総会も終わり、久しぶりのパソコンです。
日本大使公邸での日本食はうまかったです!
刺身、チラシ寿司、肉、ケーキ・・・、早くも一年後が楽しみです。
昨日開幕されたWorld Cup、日本や他の国でも盛り上がってるんでしょうか?
昨日は近所にあるHill Side Barでタンザニア人と一緒に観戦していました。
そして、偶然が重なりに重なって同じBarに日本人が4人も集まりました。
誰が誰を呼んだでもなく、会ったこともない人もいて・・・
・しのさん、元イリンガ(元JOCV、タンザニア)のPC隊員(自称サッカー隊員)でサッカー大好きな男性。現在日本の出版社で働いており、1週間の休暇を利用してのタンザニア(バガモヨ)訪問中。明日早朝に帰国予定。
・まさよさん、タンザニアの芸術(ティンガティンガ)に魅せられて、東アフリカの芸術を学びに来ている女性。10月帰国予定。
・陽子さん、以前紹介したバガモヨ在住のご近所さん。19日に帰国予定。
・名前を忘れてしまいましたが、まさよさんの友達の現地人。芸術家とのこと。酔っ払った感じがとても可愛らしい人(おじさん?)でした。
この5人と現地のタンザニア人で14型テレビで観戦しました。
本当はBarにある大型スクリーン(プロジェクター)で観戦できるはずでしたが、料金滞納が祟ったとの事で使用できず・・・。
それが判明したのが、試合開始1時間前。そこから大急ぎで支払いを済ませたものの、テレビ会社と連絡がつかず断念。
それにもめげること無く、小さな画面に釘付けの皆。笑
シュートが打たれるごとに皆大はしゃぎ!俺もでしたが。
南アフリカの先制ゴールは大いに盛り上がり
メキシコに同点に追いつかれた時は静まり返っていました。
第二戦のフランス対ウルグアイの試合はまた別のBarに移動して
少し大きな液晶テレビで観戦し、睡魔に負けて後半の途中に切り上げて帰りました。
あるんですよ!タンザニア(途上国)ですが液晶テレビのあるBarも。
Barと呼べる様なお店ではないのかもしれませんが・・・。
夕方4時頃から集まっていたので7時間くらいは一緒に居たのかな。
本当にアッと言う間の楽しい夜でした。
そして今日も町に出て、「TOSHI」と呼んでくれる町の人とカタコトのスワヒリ語で色々話をしてきました。
日に日に俺の認知度は高くなっているようで、本当に色々な人が声を掛けてくれます。
Mchina(中国人)と言われなくなる日も近いような・・・。頑張ります!
ご近所さん、(子供には追いかけられています。)お店のお兄ちゃんたち、寝そべっている人たち(無職?少し危険。)、バイクの運転手、見覚えの無い人まで様々で、疲れていなければ挨拶して握手してカタコトながら話をする様にしています。
疲れている時は、素直に疲れてるからまた来るね!と、断るようにしています。
また、時間と体力がある時は日本語を教えるようにしています。
とは言っても、「おはよう」「こんにちは」「こんばんは」「ありがとう」くらいですが。
日本語は癒されます。大切です。
ここ最近ブログを書けていませんでしたが本当に色々な事が起きています。
同僚の葬儀(イスラム教)に参列し、村のKikao(会議)に参加させてもらい、隊員総会に行き、大使公邸に行き、ワールドカップ観戦、町をフラフラして暇そうなお店を見つけては話をして・・・。
そして以前ブログに書いた青年の住んでいるKibahaとの繋がりも縁があるようで何故か増えてきています。
それもバガモヨ県庁保険課としてです。
どうなるか分かりませんがまた動きがあれば紹介していきます。
楽しいことばかりではないし毎日疲れるけど、その中でも楽しみながらやっています。
そうそう、最近バガモヨも夜が涼しくなってきたのでマサイシュカ(マサイ族が身にまとっている柄の少しごつめの布)を買いました。
夜はコンロで水を沸かしてお湯を作って水浴びしています。
(電気は比較的安定していますが、水は今も断水中です。)
でも日中は汗ばむ暑さです・・・。
生活用品も揃い始め、来週のタン教研(タンザニア教育研究会)が終われば要約本腰入れて任地で活動していけそうです。
昨日もCP(カウンターパート)に自分のやりたい活動を紙に書いて伝えました。
そして返事を書いてもらいました。筆談です。
分からない単語がまだまだあり、CPは忙しい人で非協力的。(今は、俺の語学力が災いしていると思うので早く何とかしたいです。)
スムーズに会話出来るレベルに無いのでモドカシイ思いをしていますが、PolePole頑張りたいと思います。
そして生活と活動に慣れてきたら、サッカーと太鼓とダンス、そして芸術!また孤児院やNGOとも関わっていけたらと思っています。
東アフリカの音楽と芸術のある港町、バガモヨをまた紹介していきますね。
2010年6月1日火曜日
WIKI MOJA (一週間) (5月31日)
WIKI MOJA(一週間)
少し日が空いてしまいましたが、マイペースに元気にやっています!
任地、バガモヨに入って一週間が過ぎました!Hongera!(おめでとう!)
活動らしいことはまだ出来ていませんが
今週は、まず同僚の名前を覚えること、バガモヨの地理を知ること
Mchina(中国人)ではなく、Mjapani(日本人)であることを理解してもらうこと
ゴミの状況把握に取り組みました。
同僚の顔は覚えましたが、名前がまだ出てこない人がいます。
また、同僚が多すぎる・・・。
言い訳ですが、オフィススタッフと現場で作業する人たちが居て多分30人くらい居ると思われます。
病院に隣接しているためドクターとナース、PCルームスタッフ、いったい何人居るのやら。
何とも・・・。まぁ、頑張ります。
地理は何となく分かってきました。
路地裏っぽい道でも、人通りの多い道は付いていってみたり
カウンターパートに道を教えてもらったり
道に迷った時は、優しそうな人を探して尋ねています。
バガモヨの治安は本当に良く、家も県庁職員住宅街で近所の人も親切で炭ジコ(七厘)を持って行くと火のついた炭を分けてくれます。(まだ数える程度しか使っていませんが・・・)
Mjapaniとしての認知度はどうなんだろう。
この一週間でMchinaと言われるたびにMjapani!と言い続けた結果
最近はMzungu(白い人・ヨーロッパ人)と言われるようになりました・・・、汗
Japanの認知度は低いのかな・・・。めげずに頑張りたいと思います。
先日、高校生くらいの三人組が「Mchina!」と調子にのって、馬鹿にした感じで何度も呼んでくれたので
「だったらなんなぁ!怒」と立ち止まって大声で怒鳴ったら
全員うつむいたまま早足で逃げていきました。
本当に黄色人種に対する考えはどうなっているのでしょうか。ケニアに行った時も同じでしたが。本当に困ったものです。
そして、もう一つの活動はゴミ山、ゴミ捨て場を観て回ることでした。
気にすればするほど、ゴミはあちこちに散乱しており、ゴミ山もちょっとした大きさの池?穴?が在るところに放置するだけ・・・。
以前、観た時は煙が上がっていたので、定期的に燃やしている可能性も。
また、色々調べていきたいと思います。
でも、一杯になったらどうするんだろう・・・。
まぁ、追い追い。
そして、今気になっているのが医療廃棄物。
病院裏に小さな焼却炉(日本の小学校にある様な小さいもの)で燃やしていた様ですが
それが壊れてから、焼却炉の周りに血のついた布、点滴のパック、など色々な物が捨てられていました。
フェンスが在るわけでもなく、ナイロン袋に入っているでもない。
これは、早いうちに何とかしなければと思っています。
そして週末、
土曜日は、同期の八木姉と先輩隊員市原さんとバガモヨ在住の陽子さんと4人で、お刺身パーティをしました。
陽子さんとは最近、生地屋で偶然出会った、JOCV(JICAボランティアではない)日本人で、テレビ関係者だとか。
魚担当は八木姉、ハヤシライスは市原さん、俺は酒買出しと炭ジコ(七厘)担当でした。
お刺身用の魚は、ムベガニ漁業センターの人が朝調達したものを、八木姉に買い付けてもらったので新鮮でした。
そして普通に鯛の刺身でした。多分違う魚なんでしょうが旨かったぁ。
そしてその晩は、ダルのベタで活動されている先輩隊員の生徒主催のクワヘリパーティー(送別会)に参加してきました。
朝からダラダラでバガに入り、ビーチで散々遊んだ後とは思えないくらい皆元気で、夜の8時からゲストハウスとバーをほぼ貸し切りにしてDJも呼んで踊る踊る・・・。汗
タクシーの無くなる時間までご一緒させて頂きました。
そして日曜日は、県庁の先輩隊員の同僚のジュマピリさんのお宅へお邪魔してきましたが、凄かった。
僕の家は何なんだ・・・、と思ってしまうほどの綺麗な家に立派な家具、大きな革張りのソファー、DVDにスピーカーにテレビ・・・。
近所の子供とは違う、しつけの行き届いた子供たち・・・。
日本語で、「申し訳ない」を何度言ったことか。
本当に素敵な家と娘さんたちでした。
我が家よりもリラックス出来ていた様な・・・。
やっぱり家はもう少し綺麗にしなければ。反省
それと、分かってはいたけど、テレビってやっぱりいいですね♪
英語とスワヒリ語でよく分かりませんが、それでもたまにはテレビ観たいなぁ。
タンザニアに来てラジオを買って、家ではスワヒリ語をひたすら聞いていますが
ほぼ意味が分かりません・・・。飽きたら日本語の音楽に変えます。
日本語は落ち着きます。そして英語よりスワヒリ語の方が落ち着きます。汗
早くスワヒリ語を覚えて英語を覚えねば!
世界は広い!それを知るためには英語は必須・・・。遠い道のりですが頑張らねば。
と、改めて思った一日でした。
Haraka haraka haina bariki! (急いでも恵みは無い!)
どこにも同じような教訓があるものですね。
では、今日はこの辺りで☆
少し日が空いてしまいましたが、マイペースに元気にやっています!
任地、バガモヨに入って一週間が過ぎました!Hongera!(おめでとう!)
活動らしいことはまだ出来ていませんが
今週は、まず同僚の名前を覚えること、バガモヨの地理を知ること
Mchina(中国人)ではなく、Mjapani(日本人)であることを理解してもらうこと
ゴミの状況把握に取り組みました。
同僚の顔は覚えましたが、名前がまだ出てこない人がいます。
また、同僚が多すぎる・・・。
言い訳ですが、オフィススタッフと現場で作業する人たちが居て多分30人くらい居ると思われます。
病院に隣接しているためドクターとナース、PCルームスタッフ、いったい何人居るのやら。
何とも・・・。まぁ、頑張ります。
地理は何となく分かってきました。
路地裏っぽい道でも、人通りの多い道は付いていってみたり
カウンターパートに道を教えてもらったり
道に迷った時は、優しそうな人を探して尋ねています。
バガモヨの治安は本当に良く、家も県庁職員住宅街で近所の人も親切で炭ジコ(七厘)を持って行くと火のついた炭を分けてくれます。(まだ数える程度しか使っていませんが・・・)
Mjapaniとしての認知度はどうなんだろう。
この一週間でMchinaと言われるたびにMjapani!と言い続けた結果
最近はMzungu(白い人・ヨーロッパ人)と言われるようになりました・・・、汗
Japanの認知度は低いのかな・・・。めげずに頑張りたいと思います。
先日、高校生くらいの三人組が「Mchina!」と調子にのって、馬鹿にした感じで何度も呼んでくれたので
「だったらなんなぁ!怒」と立ち止まって大声で怒鳴ったら
全員うつむいたまま早足で逃げていきました。
本当に黄色人種に対する考えはどうなっているのでしょうか。ケニアに行った時も同じでしたが。本当に困ったものです。
そして、もう一つの活動はゴミ山、ゴミ捨て場を観て回ることでした。
気にすればするほど、ゴミはあちこちに散乱しており、ゴミ山もちょっとした大きさの池?穴?が在るところに放置するだけ・・・。
以前、観た時は煙が上がっていたので、定期的に燃やしている可能性も。
また、色々調べていきたいと思います。
でも、一杯になったらどうするんだろう・・・。
まぁ、追い追い。
そして、今気になっているのが医療廃棄物。
病院裏に小さな焼却炉(日本の小学校にある様な小さいもの)で燃やしていた様ですが
それが壊れてから、焼却炉の周りに血のついた布、点滴のパック、など色々な物が捨てられていました。
フェンスが在るわけでもなく、ナイロン袋に入っているでもない。
これは、早いうちに何とかしなければと思っています。
そして週末、
土曜日は、同期の八木姉と先輩隊員市原さんとバガモヨ在住の陽子さんと4人で、お刺身パーティをしました。
陽子さんとは最近、生地屋で偶然出会った、JOCV(JICAボランティアではない)日本人で、テレビ関係者だとか。
魚担当は八木姉、ハヤシライスは市原さん、俺は酒買出しと炭ジコ(七厘)担当でした。
お刺身用の魚は、ムベガニ漁業センターの人が朝調達したものを、八木姉に買い付けてもらったので新鮮でした。
そして普通に鯛の刺身でした。多分違う魚なんでしょうが旨かったぁ。
そしてその晩は、ダルのベタで活動されている先輩隊員の生徒主催のクワヘリパーティー(送別会)に参加してきました。
朝からダラダラでバガに入り、ビーチで散々遊んだ後とは思えないくらい皆元気で、夜の8時からゲストハウスとバーをほぼ貸し切りにしてDJも呼んで踊る踊る・・・。汗
タクシーの無くなる時間までご一緒させて頂きました。
そして日曜日は、県庁の先輩隊員の同僚のジュマピリさんのお宅へお邪魔してきましたが、凄かった。
僕の家は何なんだ・・・、と思ってしまうほどの綺麗な家に立派な家具、大きな革張りのソファー、DVDにスピーカーにテレビ・・・。
近所の子供とは違う、しつけの行き届いた子供たち・・・。
日本語で、「申し訳ない」を何度言ったことか。
本当に素敵な家と娘さんたちでした。
我が家よりもリラックス出来ていた様な・・・。
やっぱり家はもう少し綺麗にしなければ。反省
それと、分かってはいたけど、テレビってやっぱりいいですね♪
英語とスワヒリ語でよく分かりませんが、それでもたまにはテレビ観たいなぁ。
タンザニアに来てラジオを買って、家ではスワヒリ語をひたすら聞いていますが
ほぼ意味が分かりません・・・。飽きたら日本語の音楽に変えます。
日本語は落ち着きます。そして英語よりスワヒリ語の方が落ち着きます。汗
早くスワヒリ語を覚えて英語を覚えねば!
世界は広い!それを知るためには英語は必須・・・。遠い道のりですが頑張らねば。
と、改めて思った一日でした。
Haraka haraka haina bariki! (急いでも恵みは無い!)
どこにも同じような教訓があるものですね。
では、今日はこの辺りで☆
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